水曜の夜、なにしてる?
水曜の夜は「水曜どうでしょう」を見ています♪


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大泉洋

エルレオフィ~♪

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    11年前。
    まさに今頃、私は数ヶ月ぶりに三宮にいました。
    昼間はバイトの面接でした。
    以前と同じ職場だったので、簡単な面接だけでパスし、次の日から始まるバイトのために洋服を友達に選んでもらい、一緒に食事をしました。
    友達は彼氏と同棲していましたが、ちょうど彼は北海道に社員旅行中だったので、「あんた、今日泊まりぃな」ってことになって、ひさびさに羽目をはずして、飲んでました。
    そのバーも、数ヶ月ぶり。久しぶりに会うお店の子の顔が懐かしくて、楽しくてはしゃいでたなぁ。

    その日は月曜日だったけど、成人式の繰り替え休日で、いつもなら朝まで開いてるその店も、午前3時で閉店とのことでした。

    私と友達は、大きな通りを肩を組んで歩きました。
    大きなまんまるい月が、大阪方面にぽっかり浮かんでました。

    「大きな月やなぁ!」
    「狼男、でるんちゃうか?」
    「ここにええ女がいてるで~」

    冗談を言いながら、三宮のど真ん中にあった彼女のマンションに向かったのです。

    もう、お気づきでしょう。

    1995年1月17日、午前3時半。
    阪神淡路大震災の2時間前のことです。

    くしくも今年は、曜日まで同じなんですね。


    もう、11年。
    まだ、11年。

    昨年の今頃、ブログの存在を知った私は、1年後、必ずこの日のことを、自分が忘れないために書きとめようと、1月26日にブログを始めたときに決めました。

    なので、ココまでで充分長いけど、ココからさらに長いです。
    記録だと思って書くので、読んでいいただけなくても、全然大丈夫です。



    久々に友達と飲むお酒で心地よく酔い、彼女の家に着いた私は、スカートから、お泊まり用に買った、スウェットに履き替え、上はセーターを着たまま、布団の中で丸くなって寝てしまいました。
    あとで思うと、このときよくぞパンツに履き替えてた!と思いました。
    外は寒かったからね。


    友達は寝付けず、テレビを見ていたそうです。




    なにか、揺さぶられている気がしたのを憶えています。

    友達の「なぁ、テレビつかへんねんて、なぁ」という声が聞こえます。
    私はてっきり、彼女が揺さぶっているものと思い、
    「そんなに、揺らさんでもええやんか。地震やって。だから電気もつかへんねん。
    見てみ、ほら外、暗いやろ。」
    寝ぼけ満開で、ベランダの戸を開けると、

    洗濯機が暗闇の中、ゴゴゴゴゴゴと音を立てて前に進んでいました。


    はっと覚醒してみると、布団の上で体が左右に振れるほどの揺れの最中でした。

    部屋の中は真っ暗で何も見えず、とにかく揺れのおさまるのを待ち、友達を連れ外へでることに。
    ガス臭さに気付き、元栓を締めるよう彼女に言い、とっさに財布、携帯、2人のコートを持ちました。
    ホントはブレーカーの方を落とさなければならないと、後で知りましたが。

    玄関に向かう途中、何かにつまづきました。
    真っ暗なので何かはさっぱりわからなかったけど、後で隣りのホテルが火事になり、荷物を持ち出しに部屋に戻った時確認したら、倒れた冷蔵庫でした。
    私がうずくまって寝ていた足元には、大きなコンポが落ちており、こっちを頭にしていたら…
    そう思いゾッとしたのをよく憶えています。

    当時、奥尻で地震があったばかりだったので、友達は彼氏のことが心配で泣いていました。
    震源地は、北海道だとばかり思っていたのです。

    4階の階段をどうやって下りたのか全然憶えてないけど、外に出れたときに、向かいのお店の水道管が地下からむき出しになり、水が勢いよく出てたのを記憶しています。

    そして、当時の彼氏がその時点ですでに、マンションの下まで迎えに来てくれていたのが、涙が出るほど嬉しかった。

    それからは3人で、子供のいる友人の家や、男手のない友人の家を無事を確かめるために訪ねまくりました。

    途中、不自然な高さの家から、懐中電灯が回るのが見えました。
    おじいさんが、窓から手を出して回していました。

    それは、1階部分が完全に崩れた2階の窓。
    「中に、寝たきりのばあさんがおるんや」

    友達と彼氏は随分先に走って行っていて、私はそこに落ちていた雨戸を窓にかけ、窓によじ登り中に入りました。
    そこには、2辺にたんすが倒れ、奇跡的に無事だった布団に寝ている、おばあさんがいました。
    背負おうとしたのですが、布団が押さえられ、痛がるおばあさんを動かすことすら出来ませんでした。
    「助けを呼びますから。」
    そう言って、外へでました。

    悔しかった。

    道行く人に「あそこに、寝たきりのおばあさんがいます。」と言ってみたけれど「こっちにも人が埋まってんねや!」
    その時、さっきまでいたマンションの方向の空が炎で真っ赤になり、戻ってきていた友達を連れ、そちらに行ってしまいました。
    現場にいた消防士さんも管轄が違うので行けない。とのことでした。

    結局そのご夫婦がどうなったのか、わからないままです。
    パニック状態で、場所すらはっきりわからなくなってしまいました。
    ご無事であったと、思いたい。




    そこらじゅうを歩くうちに、知った顔にも出会い、無事を喜びあいました。
    山手幹線(通り名)は、あちこちが陥没し、ガス臭いにおいがし、毎日見ているビルが何棟も傾いていました。

    日本中がこうなってしまった。
    疑うことなく、そう思っていました。

    午前6時半ごろ、その時点ではまだ携帯もつながり、公衆電話には列が出来ていました。
    私も実家にかけましたが、こちらの状況がわからない父が、「こんな早朝から、かけてくるな!」と切ってしまいました。
    あとで、母にごすごすに叱られたそうです。
    ともかく、早い段階で無事を知らせられてよかった。
    その後、2日連絡が取れなくなりましたから。

    きちんと並んで倒れた自動販売機に子供を座らせ、早朝なのに人だらけの中山手通りでぼんやりしていると、カーラジオから「震源地は関西」とかすかに聞こえ、
    「ああ、これは現実なんだ」と感じました。
    北海道じゃなくて、ほっとしたのも事実。ツレの彼がいるからね。

    ほっとした。ってのは、こっちの状況がとんでもないことになってるって、まだあまり認識してなかったからだと思われます。

    コンクリートの欠片とガラスの破片を踏みしめ、数人で移動する途中、今日から働く予定だったビルの前を通ると、ガラス張りのエレベーターがガラスを突き破って出ていました。
    驚くことに、まだその瞬間まで「バイトができなくなった。」とは思っていなかったので、すごくショックを受けました。
    さらに驚くことに、皆、無意識に駅に向かってました。
    「駅に行けばなんとかなる。」
    そう思ってたのかも。

    三宮の駅に付くまでは。

    地面に落ちた「サンキタ通り」と書かれた大きな看板。
    そこら中に散らばった阪急三ノ宮駅ビルのガラス。
    生田ロードに倒れたビル。

    ほんの3時間前まであそこで飲んでたのに。


    後で知りましたが、友人のバーテンダーが倒れたビルの中にいたそうです。
    彼は怪我をしましたが、奇跡的に助かりました。

    彼は。



    駅で呆然としていると、偶然友人が車で通りかかりました。
    今まで一緒いにた友達を、その車で別の友人宅に送り届けてもらい、そのまま私たちも送ってもらうことに。

    燃える長田、須磨を通り、当時住んでいた明石に程近い自宅にたどり着いた時にはもう昼過ぎになってました。

    幸いにも自宅に被害はなく、テレビが台から落ちかけて、台所ではやかんが落ちてへこんで、たんすの上においてたサボテンが落ちて散乱してる程度でした。

    もっと幸いだったのは電気が使えたこと!
    おかげでテレビが見られ、被害状況もわかり、凍えることもありませんでした。
    水は彼氏と交代で配給に並びました。
    家に着いた時に、コンビニに食べ物も水もなく、オレオだけが残っていて、それをずっと食べてたなぁ。

    そうそう、友人知人の無事を確認するために、あちこちに電話したんだった。2日後には電話も繋がってた。

    飲んでたお店の子と最後まで連絡が付かず、心配してたんだけど、後でわかった話しによると、店を閉めて家に帰り、寝て、起きたら家中がめちゃくちゃ。

    そこで、彼は「どろぼう!?」って思ったそうな。
    あの時期、唯一笑えた話しw
    連絡が取れなかったのも、郊外までお風呂に入りに行ってたらしい。
    とにかく無事で何よりでした。

    その後ようやく親と連絡がつき、戦時中の様なスタイル―かばんを両肩にばってんにかけ、両手にも紙袋というスタイルで、歩いて明石駅まで1時間ほど歩いていきました。

    明石駅からは知らないおじさんとタクシーに相乗りさせてもらい、電車の動いている西明石駅までたどり着くことが出来ました。

    姫路からは新幹線が動いてました。

    姫路まで通路に立って、2号線をぼんやり見ていると、だんだん被害が軽くなっていくのが、よくわかるのです。

    タイムマシンに乗って、現在に帰っていくような感覚。

    自分が、大事な場所から逃げ出したような、大事な人たちを捨てたような、そんな気がして、たまらなかった。


    私を送り届けた彼氏は、1週間後に自分の実家へ戻っていきました。


    テレビで震災後の神戸が映るたび、涙が勝手に出る。
    そんな毎日を数ヶ月すごし、私が自宅に戻ったのは4月のことでした。

    今思うと、あれがPTSDというものなのかもしれません。

    昨年の「救命病棟24時」の震災のシーンは、震災を知らないケンさんと2人でみてました。
    ケンさんを抱きかかえ、震えながら涙が止まらないママを、ビックリしてた顔でみてました。
    11年経っても、恐怖の記憶は変わらないということでしょう。

    規模が小さな地震でも、余震に怯えて過ごした2日を思い出し、テレビで地震の映像を見るだけでも、恐ろしくて夜中に何度も起きた3ヶ月のことを思い出す。

    いまでも変わりません。



    これで、体験したことの全部だろうか。
    抜けてる気がするよ。
    記録としては、いまいちかもしれないけど、これが今の精一杯です。


    たった数日だけど、一応被災経験者なので、経験を生かそうと防災グッズは用意してます。
    明日は、年に一度の消費期限の点検デーです。
    電池も見ないとね。

    もしココまでお付き合いいただけた人がいらしたなら、なんか役に立つ情報がないかしら…

    あ、意外と情報(ラジオ)、明かりが一番初めに、食料、水は次に、必要になりました。

    _| ̄|○あんまり役に立たないか…


    でも、もし何も準備されてないのでしたら、これだけでも用意されたらいいかもしれません。
    備えあれば憂いなし。です。

    今日も何もありませんように。



    最後に。
    震災で亡くなった方々のご冥福を祈ります。

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    【2006/01/16 22:55】 いろいろ | TRACKBACK(0) | COMMENT(14)
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    この記事に対するコメント
    私はこの記事を、一昨年10月を思い出しながら読ませていただきました。
    新潟中越地震です。
    震源地は隣の隣の町、そこは震度7でした。
    うちの方も震度6でしたが、幸い周囲では目に見えて大きな被害はなさそうでした。
    それでも、電気、ガス、水道、すべてが止まり、復旧に一晩かかりましたが。
    隣町は何日も復旧しなかったので、うちは良い方でしょう。
    全村民避難という所もあったんですから。
    次の日、旦那は私と子供たちを私の実家に連れ出してくれました。
    旦那は仕事で2日ほどで戻りましたが、私たちは2週間ほど実家にいました。
    それでも2週間経って戻った次の日、震度4の余震にあいました。
    そのまま冬になり、雪の季節に。
    その間、豪雪地帯なので復旧も進まず。余震もしばらく収まらず。
    ずいぶん長く余震の期間があったように思います。
    そして、今でも仮設住宅に住んでいる方もいらっしゃるようです。

    思い出すと今でも涙が出そうになります。
    地震(震災)の怖さを実感しました。
    幸いにも大きな被害を受けなかった私がこうですから、
    izuminさんは大変だったと思います。
    この気持ちを忘れず、“普通の生活”を大事に過ごしたいですね。

    あ、私もそうでした。まず情報、次に明かりを必要としました。
    明かりは、地震があったのは夕方だったからすぐ暗くなっちゃって。
    食料・飲料は、うちの場合は、すぐにいつもの生活に戻れそうな様子だったから
    あまり重視しなかったな…。(^^;)

    長々と書いてしまって、すいませんでした!m(_ _;)m
    【2006/01/17 11:34】 URL | さやか #0MXaS1o. [ 編集 ]
    この日は
    やっぱり特別よね。何年経とうがこの日震災のニュースみたらきっと泣いてると思う。転職してどの職場に行っても、毎年必ずこの日は、それぞれの震災当時の思いを話し合ってたなあ・・・。いろいろ思う事がありすぎて・・・震災経験者でない夫とは分かち合えない思いの一つかな。がちゃぴんさんも昨年「救命病棟24時」の震災のシーンの後、メールくれたけどまだ『怖い』って。
    でも東京に来て、利用するお店や職場で知り合った人たちが、私の出身が神戸だと言うと「地震大丈夫だったの?」「今は神戸は街も人も完全に元通りに暮らせているの?」と気にかけて聞いてくれることはありがたいよ。私も新潟の地震、今起きている雪害のこととかももっと自分のことのように考えるべきだなって思う。
    こちらでは最近、首都圏直下型地震が近い将来起きるだろうということで(耐震偽装問題もあったし)結構地震、防災関連の番組とかやってるけど、天災は急に来るし、いざ起こったらどんなに備えてもやっぱりパニックになるやろな、って思う。
    情報、明かり、水、食糧のほかに何やろ・・・冬なら寒さをしのぐもの、あとはトイレットペーパー、ティッシュ、ナプキンとかは余裕持って買い置きしてるほうがいいかな。外に避難するか、動きがとれなくて家にいるかによっても違うよね。
    でも本当、亡くなった方々のご冥福を祈るとともに、その人達の分も丁寧に生きて、災害の教訓も生かさないと、と毎年思います。

    【2006/01/17 13:02】 URL | 妄想N子 #- [ 編集 ]
    さやかさんも、怖い思いをされたんですね。
    ふと、あの思いを忘れて生活してる自分に気づくことがあります。
    あんな経験をしたのに…
    人間の記憶って便利なんだか、不便なんだかね。

    今日は防災のこと、子供と話そうと思います。
    【2006/01/17 15:48】 URL | さやかさんへ、izumin #CjR4k1/2 [ 編集 ]
    救命はリアルすぎた(´・ω・`)
    洋ちゃんが出てなかったら、見れなかったとおもうよ。

    あの経験は、たとえ年月が過ぎて、記憶が薄れたとしても、忘れることはないよね。
    毎年2,3日前からどきどきして、何事も起こらないようにって真剣に思ったり、枕元に靴を置いて寝てみたりしてるよ。

    でも、世間の人は今日が11年前のあの日だってことすら、忘れてる人もいるんだよねぇ。
    自分だけは忘れないように、と思って長々と書いてみた。
    教訓だなんていうと大げさかもしれないけど、コレで一人でも防災リュックとか用意してくれるようになればいいな。
    【2006/01/17 15:55】 URL | 妄想N子へ、izumin #CjR4k1/2 [ 編集 ]
    途中から涙でなかなか読み進めなかったです。
    今朝ニュースで今日がその日だった事を知りました。
    当時高校生だった私は、その前の年に修学旅行で神戸に訪れており、綺麗な町並みと、楽しかった思い出の場所ですから、地震の第一報を聞いた時も、まさかそれほどまでの被害だとは思ってもいませんでした。
    毎日、朝から流れるニュースに驚き、悲しみ、自然の力に驚愕しました。
    被災した方々の心痛は計り知れませんが、年々、復興して元気になった神戸の様子をTVで拝見する度に、すごいパワーを感じます。
    つい先日、「救命病棟24時」のDVDを見ました。
    第1話から涙が止まらないんですが、実際に被災された方はこれを見るのも辛いんですよね。
    たくさんの方が亡くなったり、家を失ったり、また精神的にも病んでしまわれた方がたくさんいらっしゃると聞きました。
    震災から11年。
    新潟の方々はまだまだ時間がかかると思いますが、震災にあわれた方がそれを強さに変えて、後の世代へと、地震の怖さを知らない私達に伝え続けていただきたいと、願います。
    長々とすみません。
    生々しい、リアルなお話に、心が締め付けられました。
    izuminさん、ありがとうございます。
    防災グッズ、用意しなきゃなーとは思っていても、中々用意せずにいました。すぐに、用意したいとおもいます。
    【2006/01/17 19:11】 URL | nori*nori #- [ 編集 ]
    冬の夜の記憶
     今晩は、卯月です。
    先日はお世話になりました。
    (あのお話の感想を書こうと思っていたのですが、
    昔から感想文を書くのが下手で、ネタバレ無しで
    上手く書ききれないもので…すみません)

    朝早くに出勤するバイトをしている私にとっては、
    今日はいつもと違う朝(通勤)でした。
    生まれてから今までずっと
    明石と姫路の間の辺りにある町で暮らしてきたのですが、
    準備をしている間つけているテレビでは
    震災の特別番組がOAされており、
    神戸(もしかしたら淡路もあったのかもしれませんが)の
    被災者の方々の追悼集会が映し出されてました。
    できれば最後まで見ていたかったけれど、
    仕事に遅刻する訳にはいかないので
    時間どおりに家を出ました。

    通勤途中、自転車をこぎながら
    11年前の今頃、地震が起きる数秒前に
    いきなり目が醒めて、突然の出来事で
    頭が真っ白になった事、
    その直後から夜が明けても
    一睡もできないままニュースを見続けていた事、
    震度が3か4の地元でも
    近所のスーパーでパン等が売切れたと聞いた事、
    夜中に起きる余震が怖くて、
    暫くの間電気を消して寝られなかった事、
    それから半年以上経って、高校受験で訪れた長田の町で
    瓦礫を片付けたきり空き地のままの所が幾つもあった事、
    (その時の新長田駅はまだ鉄と板でできた急造品の様でした。
    空き地も高校を卒業する時もまだ所々残ってました)
    真っ暗な道を走りながら、
    色々な事を思い出しました。

    職場で流されているラジオも
    震災の話題が殆どで、
    震災の話をもうしないで欲しいという
    リスナーもいるという話も聞こえました。
    震災を忘れない様にしている人も居れば、
    思い出したくないと考える人も居る。
    あの時の事はたくさんの人々の心に色んな形で
    深く刻まれた出来事だったんだと改めて認識しました。
    私の住んでいる町はそんなに被害は無かったけれど、
    あの日テレビで見た、今まで見た事の無かった町の姿や
    自分が体験した出来事を、辛くても
    これからの為に忘れない様にしたいと思います。

    役に立つ情報、で思い出したのですが
    自分の寝ている所に靴を置いておいた方が良いそうです。
    割れたガラスや食器の破片で
    足を怪我してしまわない様にする為だそうですよ。
    私も家の防災用のグッズとか
    きちんと確認しておかないと…。

    長文失礼しました、それでは。
    【2006/01/17 23:39】 URL | 卯月 零矢 #cld/Sl4U [ 編集 ]
    胸にぐっときました
    ニュースを見て、もうそんなに経つのかと思いました。
    今日がその日であることを私はすっかり忘れていて、今回の記事を読んで、忘れる怖さについて改めて考えさせられました。

    当時は大学の寮にいて、朝ごはんの後ラウンジのテレビに人だかりができていて、ニュースで燃え盛る街の映像を見ました。
    とても同じ日本の中で起こっていることとは信じられなかったのを思い出します。

    地震について、各種の報道番組を見たり、被災者の方のコメントを聞く機会がありましたが、神戸の震災を最もリアルに感じさせてくれたのは、今回のizuminさんのお話です。

    人がお互いに助け合う姿や、助けたくても助けられない状況があること、11年経っても被災された方には忘れられない出来事であることを、真に迫って教えていただきました。

    今でも、北海道の奥尻島、長崎の雲仙普賢岳、三宅島、新潟中越地方など、一瞬にして今までの生活や家族を奪われ、不自由な暮らしを強いられている人がいる。この事を決して忘れてはいけないのだなと思いました。
    日本は、そのような環境にある土地だということを忘れてはいけませんね。
    【2006/01/17 23:53】 URL | さかき@福島県 #PQYfn/Wg [ 編集 ]
    管理人のみ閲覧できます
    このコメントは管理人のみ閲覧できます
    【2006/01/18 00:01】 | # [ 編集 ]
    こちらでは、
    芸予地震というのがあったこともあり、数日前に特集番組がありました。
    でもやっぱり、年月でしょうか。今までよりも取り上げ方は小さいです。
    思い出したくない方もいるでしょう。
    出来れば、あんな体験は私も忘れたい。しかしそれは無理です。
    ならば、伝えるために忘れず憶えておいて、何かプラスに変えたい。そう思います。

    靴は上のレスにも書きましたが、なんだか落ち着かず、この時期だけですがやってますね。
    瓦礫の中を歩きましたから。
    よくヒールで行ってなかったなーと思います。
    ブーツだったからこそ、あの中を歩けたと。


    例のお話の感想、よろしければメールでいただけませんか?
    お待ちしてます!!(`・ω・´)ゝ
    【2006/01/18 01:39】 URL | 卯月 零矢さんへ、izumin #mQop/nM. [ 編集 ]
    救命は…
    辛いというか、怖いんですねぇ。
    あのシーンは、ちょっと震えが止まりませんでした。
    子供は私の様子を見てビックリしてましたよ。

    長々と時間を追って書きましたが、「防災グッズ、いるな。」と思っていただけてよかったです!
    【2006/01/18 01:47】 URL | nori*nori さんへ、izumin #mQop/nM. [ 編集 ]
    私も。
    煙がそこかしこで昇り、ビルが傾き、道が陥没した三宮で「これは現実?ココは日本?」と何度も思いました。

    一時は「体験してない人にはわからない。」と思ったりしました。
    実家に戻ってから、「話が大袈裟だ」とか「復興できないのは甘えがあるからだ」とか信じられない事を言われたのです。

    でも書いてみて、読んでくださったさかきさんが「忘れちゃいけない。」と思えるきっかけの1つになれて、ほんとによかった!
    素直にそう思えます。
    【2006/01/18 02:05】 URL | さかき@福島 さんへ、izumin #mQop/nM. [ 編集 ]
    それは!
    長話も浮かばれます~w

    冗談はさておき…
    そんな風に思っていただいて、ほんとに光栄です!!
    ぜひ、普段からの備えなんかも皆さんで話してみてくださいね~。

    備えあれば…です♪
    【2006/01/18 02:10】 URL | 『管理人のみ閲覧可』さんへ、izumin #mQop/nM. [ 編集 ]
    貴重な体験
    思い出すことが辛い部分がたくさんあったと思います。
    それに耐えて、素晴らしい記録を残してくださったことに
    まず感謝いたします。ありがとう。

    私は光栄なことに、生まれてからこのかた、大きな天災や
    火事や事故などに見舞われることなく、今日まで生きてきました。
    ですから、震災に関しても「リアルに感じられない部分がある」、
    というのが正直な気持ちでした。

    今回、izumiさんの記録を読ませていただいて
    実際に体験した者にしかわからないものが
    行間から伝わってきて、とても胸を打たれました。
    救命~は、ウソでも誇張でもなく、すごくリアルなお話だったんですね。
    izumiさんが体験したのと、まんま同じですものね...
    あれを見るのはさぞかし辛かっただろうと思います。
    でも、目をそらしてはいけないんですよね!
    ああならないように、少しでも被害を小さくするために
    日頃からいろんなことを心掛けたり、備えておかないといけないんだね。

    私の中の震災に対する意識が、izuminさんの記事のおかげで変わりました。
    ていねいな記録、お疲れさまでした。
    そして貴重な体験を辛い思いをガマンして書いてくださって、
    ありがとうございました。
    【2006/01/18 10:25】 URL | まりえ #- [ 編集 ]
    地震が起こったとき、
    私は室内で寝てたのでドラマでの、地震が起こった瞬間の屋外での映像をみてすごく怖かった。
    佐倉さんが屋上から見た景色、神戸と東京、ドラマと現実の違いはあれど、あの町の中に私もいたのか…そう思うと震えました。

    備えは大事だよ~(>_<)
    家に食べ物がなにもなかったから、途中で買ったオレオだけ食べてすごしたの。
    実家に戻って食べた白いご飯の味と、暖かいお風呂は忘れられないな。



    【2006/01/18 15:07】 URL | まりえさんへ、izumin #CjR4k1/2 [ 編集 ]
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    izuminです。
    • izuminです。
    • ケンさん(8歳・男の子)のママです。
      愛媛県の片隅に生息中。
      『BEAT CRUSADERS』と『ELLEGARDEN』と『YOUR SONG IS GOOD』の曲が私のエナジー。
      『水曜どうでしょう』『大泉洋』とその所属劇団『TEAM-NACS』とにハマリ中。
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